週末に、洗い物を終えてソファに座りなんとなくスマホを眺めている。テレビはつけていない。予定はもう何も入っていないのに、今日も一日の疲れがどこにも抜けていかない気がする。そんな夜がここのところ続いていました。
きっかけは、ふとした瞬間の寂しさでした。仕事から帰って、静かな部屋にひとり座っていると、冷蔵庫の音だけがやけに大きく聞こえる。
その静けさに、なんとなく耐えられなくなる日があります。「誰かと話したいな」「一人でいるのは、思っていたより苦手なのかもしれない」。そう感じて、久しぶりに友達を誘ってご飯に行ったり、パートナーと過ごす時間を増やしてみたりしたことがある方も、多いのではないでしょうか。
予定を詰めても、なぜか疲れが取れない
実際、人と会っている時間は楽しいものです。
近況を報告し合ったり、たわいもないことで笑ったりその瞬間はたしかに気持ちが軽くなります。友達とご飯に行った帰り道、「今日は楽しかったな」と思いながら電車に揺られる。それなのに、家に着いてひとりになった途端にどっと疲れが押し寄せてくる。「あれ、今日は楽しかったはずなのに」と、その落差に戸惑ったことはないですか。
予定を詰めれば詰めるほど、心が満たされるどころか少しずつすり減っていくような感覚。おかしいなと思いながらも、その正体がなかなか掴めません。多くの場合、ここで私たちは「自分の人間関係に問題があるのかもしれない」「もっと気の合う人と会うべきなのかもしれない」と、会う相手や頻度のほうに原因を探してしまいます。もっと親しい人と会えば、もっと楽しい話をすればこの疲れは消えるはずだ、と。
「一人=寂しい人」という思い込み
そもそも私たちは、小さな頃から「寂しいときは誰かと一緒にいれば元気になれる」と、ごく自然に教わってきたように思います。一人でいる子より、友達に囲まれている子のほうが幸せそうに見える。休日に予定がぎっしり入っている人のほうが、充実した人生を送っているように見える。そんな価値観の中で育つと、「一人の時間が多い=寂しい人」というイメージが、いつの間にか自分の中に根を張ってしまいます。SNSを開けば、誰かと過ごす楽しそうな様子が次々に流れてきて、その比較がさらに「一人でいてはいけない」という焦りを後押しすることもあります。
でも、実際のところは少し違うのかもしれません。
寂しさを埋める行為と、心を休める行為は別物
私たちは寂しさを感じたとき、つい「人と会うこと」でそれを埋めようとします。けれど、寂しさを埋める行為と、心を休める行為は、実はまったく別のものです。人と過ごす時間は心を潤してくれる一方で、同時に少しずつエネルギーを使う時間でもあります。相手のペースに合わせたり、話を聞いたり、その場の空気を読んだりする。
それはごく自然なやり取りですが、体力と同じように心にも消費される部分があるのです。楽しいことと、消耗しないことは、必ずしも同じではありません。
つまり、寂しさを紛らわせるために予定を入れ続けていると、心を休める時間そのものがどんどん削られていってしまう。寂しいから人と会う。会って、少し疲れる。疲れているのに、また一人になると寂しくなって、また次の予定を入れる。この繰り返しの中にいると、「ちゃんと人と会っているのに、なぜか満たされない」という感覚だけが、じわじわと積み重なっていきます。予定表は埋まっているのに心はどこか空っぽのまま。そんな状態に、気づかないうちに陥っている方も少なくありません。
一人の時間は、心を回復させるための時間
ここで大切なのは、一人の時間を「予定が埋まらなかった余りの時間」として扱うのではなく、「心を回復させるための、必要な時間」として捉え直すことです。
一人でお茶を淹れてゆっくり飲む。
特に目的もなく近所を散歩する。
好きな音楽を流しながら何もしない時間を過ごす。
お風呂に少し長めに浸かる。
誰かとの予定がない日を、あえてスケジュールに書き込んでみる。そうした時間は、決して寂しさの証拠でも、人間関係が乏しいことの表れでもありません。むしろ、自分の心の状態に正直に向き合えている証だと言えるかもしれません。
一人の時間が怖くなる瞬間との付き合い方
とはいえ、いざ一人の時間を作ろうとすると、最初は落ち着かなかったり、なんとなく寂しさがぶり返してきたりすることもあると思います。スマホを手に取って、誰かにメッセージを送りたくなる。SNSを開いて、誰かの生活を覗きたくなる。それは、一人でいることへの不安を、繋がりで埋めようとする自然な反応です。大切なのは、その衝動にすぐ従わないこと。少しだけ、手を止めてみる。そのまま、静けさの中に座ってみる。最初は心もとなくても、少しずつ、呼吸が整っていくような感覚が訪れるはずです。
もし今、予定を入れているはずなのに疲れが取れない、そんな感覚が続いているなら。一度、誰とも約束を入れない時間を、意識的に作ってみてください。それは人を避けることでも、関係を疎かにすることでもありません。自分を整えるための、大切な準備の時間です。
一人で抱えている疲れやモヤモヤは、誰かに話すことで、初めて輪郭が見えてくることもあります。うまく言葉にできない感覚があるときは、そのままにせず、話してみるのも一つの方法かもしれません。
さみしさは、人と会えば消えるとは限りません。時には、一人でいる時間の中でこそ、静かに満たされていくものもあるのです。
