「価値観の合う人と付き合った方がいい」——
恋愛の話になると、よく耳にする言葉です。
たしかに、価値観の近い相手との関係は長続きしやすいと言われます。休日の過ごし方、お金の使い方、家族との距離感。日々の小さな選択が積み重なる暮らしの中で大事にしているものが似ている相手とは、無理をしなくても一緒にいられる時間が増えていく気がします。逆に、根っこの部分で感覚が違うと些細なことでも「どうして分かってくれないんだろう」と、すれ違いが積もっていくこともあります。
では、その「価値観」は、どこで見えてくるのでしょうか。
実は価値観というものは、たいてい何気ない会話の中に少しずつ顔を出してくるものです。
価値観は、会話の中にこぼれている
たとえば、一緒にごはんを食べに行くお店を決めるとき。
「どこでもいいよ」と言う人もいれば、「あの静かな喫茶店がいい」と言う人もいます。休みの日に「どこか出かけよう」と言う人もいれば、「家でゆっくりしたい」と言う人もいます。お金の話でも、「せっかくだからいいものを」と考える人もいれば、「必要なぶんだけで十分」と考える人もいます。
どれが正解というわけではありません。でも、そのひとつひとつの選び方にその人が何を心地よいと感じ、何を大切にしているかがうっすらとにじんでいます。派手なことを言わなくても、日常のささやかな選択の中に、その人らしさは静かに表れているのです。
つまり、価値観が合うかどうかは、頭で考えて答え合わせをするものというより、話しているうちに「あ、この感覚、近いかもしれない」と少しずつ分かってくるものなのだと思います。あるいは反対に、「ここはちょっと違うな」と気づくのもやはり会話の中でのことです。
だからこそ、会話が大事になってきます。相手のことを知るのも、自分のことを知ってもらうのも、結局は言葉を交わす時間の中で起きていくからです。どれだけ長く一緒にいても言葉を交わさなければ、相手の内側はなかなか見えてきません。
でも、話し方には人それぞれ差がある
ここで、ひとつ気になることが出てきます。
会話が大事だとしても、話し方や言葉の選び方には、人それぞれ、かなり差があるということです。
自分の気持ちをすらすらと言葉にできる人もいれば、うまく言えなくて黙ってしまう人もいます。たとえ同じことを感じていても、それを豊かに表現できる人と、「まあまあ」「普通」の一言で済ませてしまう人がいます。頭の中ではいろいろ考えているのに、口に出すと半分も伝わらない、という人も少なくありません。
そして、こうした表現の差は、その人のせいだけとは限りません。
言葉の選び方や話し方は、育ってきた環境によっても変わります。たくさん話す家庭で育った人と、静かな家庭で育った人とでは、言葉の出方も違ってきます。たくさん人と話す仕事をしてきた人と、そうでない人とでも変わってくるでしょう。さらに言えば、年齢を重ねる中で少しずつ変化していくものでもあります。若い頃はうまく言えなかったことが、年を重ねてから素直に言えるようになる、ということもよくあります。
だから、「話すのが下手だから、この人とは価値観が合わないのかもしれない」と結論を急ぐのは、少しもったいない気がするのです。話し方の上手・下手と、価値観が合うかどうかは、必ずしもイコールではないからです。口数が少ない人の言葉に、はっとするような優しさや芯の強さがにじんでいることも、めずらしくありません。
話す・聞く、どちらも磨いていける
とはいえ、「差があるものだから仕方ない」で終わらせてしまうのも、なんだか寂しい話です。
話し方も、聞き方も、実は少しずつ磨いていける部分があります。生まれつき決まっているものではなく、意識してみることで、昨日より少しだけ伝わりやすくなったり、相手のことが分かりやすくなったりする。そういう性質のものだと思います。上手にプレゼンできるようになる必要はありません。ほんの少しの工夫で十分です。
具体的に、日常でできそうなことを、話す側・聞く側でひとつずつ挙げてみます。
話す側:「なんで?」に、めんどくさがらずに答えてみる
たとえば「このお店がいい」と言ったときに、相手から「なんで?」と聞かれることがあります。
そんなとき、「なんとなく」で流してしまうこともできますが、そこをちょっと立ち止まって、「前に来たとき居心地がよかったから」「静かで落ち着くから」と、理由を言葉にしてみる。
実は、この「理由」の部分にこそ、自分が何を大切にしているかがあらわれています。落ち着いた場所が好きなのか、思い出のある場所を大事にするのか、人の多さが少し苦手なのか。上手に話す必要はまったくなくて、ただ理由を口に出してみるだけで、相手には自分のことが少し伝わります。
結論だけを言うと、用件は伝わっても、その奥にある「自分」までは届きません。「このお店がいい」だけでは、ただの決定事項ですが、「落ち着くから、このお店がいい」まで言えば、そこにあなたの一部が乗ります。話すのが得意でなくても、ひとことふたこと理由を添えるだけで、会話はぐっと豊かになりますし、相手もあなたのことを分かりやすくなります。
聞く側:相手の「まあまあ」で、終わらせない
反対に、聞く側にもできることがあります。
相手が話すのがあまり得意でなくて、「まあまあだった」「普通」くらいしか言ってくれない、ということもあると思います。せっかく尋ねたのに素っ気ない返事で、少しがっかりすることもあるかもしれません。
そんなとき、「ふーん」でその話題を閉じてしまうのは、少しもったいないかもしれません。「まあまあって、どのへんが?」ともう一歩だけ聞いてみる。
すると、「最後のところは意外とよかった」「でも途中がちょっと長くてね」と、ぽつぽつ続きが出てくることがあります。相手は話すのが下手なのではなく聞かれなかったから言わなかっただけ、ということも案外多いのです。最初のひとことで判断してしまうと、その先にあった本音を、見逃してしまうことになります。
聞き方をほんの少し変えるだけで、相手の見え方が変わることがあります。相手の中にあった価値観が、こちらの一歩で引き出される。そんな瞬間が、会話にはあります。急かさずに、相手が言葉を探す時間をちょっと待ってあげるだけでも、ずいぶん話しやすくなるものです。
話してみるから、見えてくる
話す側も聞く側も共通しているのは、「やってみないと分からない」ということです。
理由を言葉にしてみるまで、自分が何を大事にしているのか、自分でもはっきり分かっていないことがあります。話しながら「あ、私ってこういうことを大切にしてたんだ」と、自分で気づくことすらあります。同じように、もう一歩聞いてみるまで、相手がどんなふうに感じていたのか、想像もつかなかったりします。
価値観が合うかどうかは、じっと見つめて答えが出るものではなく、話してみて、聞いてみて、そのやりとりの中で少しずつ形になっていくものなのだと思います。最初から完璧に噛み合う二人なんて、そうそういません。会話を重ねるうちに、少しずつ互いの輪郭が見えてくる。それで十分なのだと思います。
だから、もし今、「この人と価値観が合うのかな」と迷うことがあったら。答えを焦って出そうとせず、もう少しだけ、会話を続けてみてもいいのかもしれません。うまく話せなくても、うまく聞けなくても大丈夫です。その不器用なやりとりの積み重ねの中に、二人の価値観は、少しずつ見えてくるはずですから。
